工藤寛 金剛流 能楽師

プロフィール

工藤 寛

《能のこと》
 能は600年以上前、観阿弥、世阿弥父子によって大成
された美しい歌舞劇です。複式夢幻能という形式の優れ
た作品が生み出され、江戸時代には幕府によって武家式
楽としての地位を与えられて全国の諸藩大名家臣に武家
の教養として浸透し、能の詞章を謡うことは庶民の楽し
みの一つにまで広がりました。能に描かれているのは喜
怒哀楽、信仰、煩悩、憧れ等いつの世にもどんな身分の
人にも共通の身近なテーマです。それらを花鳥風月を愛
で、それに重ね合わせて自らの思いを述べる日本古来の
和歌のスタイルに乗せて表現します。
 文学的香気に満ち豊かな音楽性を湛えた謡、様式的な
美しい動きの中に深い情緒を表現する舞、そしてバック
を奏でる笛、小鼓、大鼓、太鼓の囃子。加えてシテ(主
人公)の多くが身に着ける能独特の面(おもて)装束に
よって、演技は抽象の世界を作り出し、能の舞台には絵
画的な美しさも醸し出されます。2001年には、ユネス
コにより日本で初めての世界無形遺産に指定されました。
 能は決して難しいものではありません。感性を一杯に
働かせ、その世界に身をゆだねて頂ければ、大きな感動
と共感が得られる舞台芸術なのです。

工藤 寛 (くどう かん)

同志社大学文学部卒業。学生時代より能楽金剛流に入門。
金剛流職分、今井清隆、豊嶋訓三(いずれも芸術祭優秀賞受賞者)及び、金剛流26世宗家金剛永謹に師事。

国立能楽堂や能楽協会主催の公演、東京金剛会や金剛流各シテ方の公演など多くの舞台で活躍する一方、地元杉並を中心に、教室、講座、ワークショップ等で一般の人々への普及活動も意欲的に行う。

2007年フランス、ドイツでの公演に参加。2011年アルジェリアでの国際演劇祭にて能ワークショップの講師を勤める。
2014年、フィンランド、ラトビア、日本、剣道交流稽古会の『日本文化デー』に招かれ、ラトビアの首都リーガにて仕舞を独演、好評を博す。
また在ラトビア日本大使館における晩餐会にて「猩々」を独吟し、大使館の方々、フィンランド、ラトビア、日本各国の剣道愛好者の皆さんに大変喜ばれる。
自主公演として「天地人花の会」「杉並能楽鑑賞会」を主催し、2002年より、毎年正月2日に杉並区阿佐ヶ谷神明宮にて能を奉納し初詣の人々に喜んで頂いている。

東京、京都で謡と舞の教室「花瑶会」や、グループや個人で月1回だけ謡を楽しむ「お謡い火曜(花瑶)クラブ」を主宰。自由参加の講座「舞 金剛~仕舞鑑賞サロン」を開催するなど、より多くの方々に能を楽しみ親しんで頂ける幅広い活動を行っています。
これまで「巻絹」「乱」「石橋」「望月」「隅田川」「道成寺」等の秘曲大曲を含め、多数の能を舞う。

公益社団法人能楽協会会員(東京支部常議員)シテ方金剛流能楽師 金剛会理事 東京金剛会同人


ブログを開設しましたので、こちらもご覧ください。
ウェブリブログ:能金剛流 工藤寛~思いの露~
楽天ブログ:能楽師 工藤 寛~伝ふる花~花瑶会/天地人花の会


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● 能楽シテ方 金剛流

およそ600年以上前の能楽発祥の頃よりの大和猿楽四座(観世、金春、宝生、金剛)の一つです。
江戸時代になって新たに喜多流が加わり、現在は五つの流儀がありますが、金剛流はその中でも、特に、「舞金剛(まいこんごう)」と言われるほど、優美華麗、時に鮮烈な舞を特色とする芸風を誇ります。
謡は、素直な親しみやすい節回しで、よく「青竹を割ったような」と、評されます。
また、代々の宗家は、面、装束への見識が高く、こだわりをもって、それらを取り揃えてきましたので、所蔵の面、装束には逸品が多く、「面金剛(おもてこんごう)」とも称されます。
その逸品ぞろいの面、装束を、虫干しを兼ねて一般公開する「金剛家能面能装束展観」が毎年7月最終土曜と日曜に京都金剛能楽堂にて開催され、多くの愛好者に喜ばれています。
現宗家は26世金剛永謹。五流の宗家の中で唯一東京以外の地、京都に居を構えます。

● 謡とは

能を劇としてみた場合の脚本にあたる能の全詞章を「謡=謡曲」と言います。
謡には、劇のセリフに当たる「詞(ことば)」の部分と、大半を占める「歌い物」としてのメロディーがついている「節(ふし)」の部分があり、その全体をうたい味わうのが謡です。「謡曲を謡う」という言い方もします。
謡曲の多くは、源氏物語、平家物語、伊勢物語、などの古典に題材を求め、七五調の和歌形式をもとにして書かれていますから、謡うことにより、音楽的情緒を味わいながら、それら文学作品の世界に触れるというぜいたくな楽しみが得られるのです。

● 仕舞とは

能それぞれの曲の、地謡(じうたい=斉唱団によって謡われる部分)にのって舞われる部分から、内容的に最も中心的な所を取り出して(5分前後)、囃子なしで、4,5人による地謡を伴奏に、扇を持って舞うものです。(曲によっては扇ではなく長刀や杖を持つ場合もあります)
能独特の構えと、すり足と言われる足の運びによって、様式的な美しい動きの中に、豊かな情緒が表現されます。
静かなゆったりしたものから、極めて激しく速い動きのものまで多種多様な変化に富んでおり、能の身体表現の奥深さが感じられ、「動く彫刻」とも言われる能のエッセンスを味わうことができます。
謡と同じく、足腰がしっかりしていさえすれば、高齢になってもできるのが魅力です。
むしろ高齢の方でないと、雰囲気が出せないような曲も多く、ここにも能の奥深さが感じられます。

【近況雑感】

[平成29年6月12日記]

6月10日は国立能楽堂普及公演で、当流今井清隆師の「半蔀」。私は後見。

装束着けや作り物藁屋の出し入れ、半蔀戸を押し開けるつっかえ棒の受け渡しなど行います。つっかえ棒は2本継ぎの差込式になっていて、舞台上で1本につなぎ合わせます。竹なので、手元が狂って舞台に落としでもしたら、カランコロンと高らかに響き渡り、下手すると転がりますから!!結構気を遣います。

今回に限らず、後見というのは装束、作り物、舞台上の立ち働きと、大変細やかな気遣いが必要な役どころです。舞台上を移動することもありますから、立ち居振舞いにも、邪魔にならず手際良く、美しく作業することが求められる、誠に厄介なお役と言って良いかも知れません(私にとっては)。無事に終わると、それはそれはホッとするものです。

今週は、翌11日に東京金剛会同人の山田純夫氏主催の潤星会があり、こちらは仕舞「八島」と、宗家の舞囃子「東北」の地謡を勤めさせて頂きました。私が足腰不調なのをご存じなので、能の地謡や後見を外して下さったような気がします。主催者に感謝です。

特記すべきは、裃で仕舞を舞わせて頂いたこと。初めてです。舞裃の持合せがなかったので、山田氏のをお借りしました。大変上等な品で、気持良かったです(笑)これも、主催者に感謝。

私のこの度の舞裃での「八島」、遠からず、このホームページ上でもアップ致します。お楽しみに。




[平成29年5月30日記]

5月20日、東京金剛会例会能が催されました。
私は、「泰山府君」を勤めさせて頂きました。

地謡、囃子方が座に着くと、桜立ち木の作り物が、正面先に出されます。前シテの天女が、桜の一枝を手折り、後でツレとなった天女が、その一枝を手に天女の舞を舞った後、その一枝を桜の立ち木に戻します。これには当然細工があるわけです。台の枠に桜を立て、抜き差しする一枝の細工をするわけですが、その枝の位置をどこにするか申合わせの際一応決めて、申合わせの後に、少し低過ぎたので、もうちょっと高い位置に細工し直してもらいました。

能には、もっと複雑でなかなか厄介な作り物が必要な場合もありますが、いずれにしても、そのような作り物を手がけて下さる方が不可欠です。できているもの、ではなく、まさに「作り物」です。

能は、本当に一人ではできないものだとつくづく思います。感謝ですね。
作り物、幕上げ、切戸の開け閉め、表に出ない裏方さんは、どんな世界でも存在しますが、舞台芸術である能は、まさにそんな世界です。

この日の例会能では、私のお役は、番組上は、「泰山府君」のシテのみでしたが、同人の数が少ない東京金剛会、私は、5月20日、最初の方で切戸の開け閉めもしておりました。

皆、そんな気持ちでその日の公演に臨まないと、「幕上げが居ない!」、「切戸が居ない!」ということにもなりかねないのです。




[平成29年5月15日記]

◆5月3日(水・祝)花瑶会春の会が国立能楽堂にて350名になんなんとするご来場者を得、賑々しく開催されました。4月18日のやや早過ぎる申合わせでは冷や冷やする場面の多かった舞囃子や能の方々も、その後1回の稽古を経て、当日は立派に舞い通して下さいました。
謡、仕舞の皆さんも、これまでに比べ、危なげない舞台で「慣れ」とまでは言わないにしても、平静を保って舞台に臨めるようになってきたようです。頼もしくなったもの です。
春の会、秋の会はいつも「晴れの場」の気持ちを忘れず、かつ適度の緊張感、加えて冷静さ、集中力をもって臨めると良いですね。
もちろん何より大切なのは「楽しむ」心でしょう。
終了後の懇親会では、皆さん、大きな緊張から開放され、存分に達成感と満足感を享受してお互いの心境や感想を交わし合い、心から楽しんでいるようで、大変喜ばしいことでした。
おめでとうございました。皆さんの努力に敬意を表します。

◆申し訳ないご報告です。トップページでも記しましたが、私の公演「工藤寛 能楽公演第20回記念天地人花の会〜其ノ八〜は、宗家のお許しも得、「道成寺古式」を予定していましたが、体調芳しくなく稽古にも支障を来たす状態では、この大曲を勤めることは困難と判断し、断念しました。
曲を「雪雪踏之拍子」に変更し、会は実施致します。
もともと、腰の障害で、足腰に異常を来たしていたところに、首の骨の障害から来る症状が急に発症進行し、その手術を受けたのですが、その後足腰の症状の進行が顕著になり、現在に至っています。注射治療により痛みを抑えてきたのですが、痛み以外の症状もあり、医師からは、手術を考えた方が良いと言われています。
跳んだりはねたり、強い足拍子を踏んだり、とにかく長く舞い続けることができない状態です。
二度目の「道成寺」は、金剛流の面目躍如たる「古式」でと思っていただけに、残念でなりませんし、前回19回公演のチラシでも予告していただけに、皆様には誠に申し訳なく存じますが、事情をお汲み取り頂き、ご容赦下さいますようお願い致します。




[平成29年3月28日記]

また間が空いてしまいました。2月2日に入院、3日に手術したのが、事情あって10日に再手術。そのため入院が1週間延び、24日に退院しました。

退院後の安静療養の必要もあり、2月のみならず3月の舞台も欠勤。東京金剛会3月例会能も欠勤と相成りました。やはり、首の手術ともなるとただ事ではありませんでした。周りの方々にもご迷惑をかけることになってしまい、申し訳なく思います。

5月3日には生徒さんの大事な春の会があります。2月のお稽古は、月末以外殆どできず、その分を3月4月にしますので、生徒さんたちも稽古日程が詰まり、大変そうです。しかも、能、舞囃子の申し合わせ(リハーサルのようなものです)が、かなり早めの4月18日とあって、私も生徒さんも、それに間に合わせるため、急ピッチで仕上げにかかっています。

番組はやっと印刷に出し、4月始めには何とか皆さんにお渡しできそうです。

お稽古は、まだ体調完全回復と言えない状態なので、舞の型のお手本を十分見せてあげられないのが、誠にもどかしい。とにかく春の会をどの生徒さんにも首尾良く勤めて頂くようにというのが、今の私の最大の願いです。




[平成29年1月8日記]

皆様明けましておめでとうございます。本年も昨年に増して何卒宜しくお付き合いお力添えのほどお願い申し上げます。

ずい分長く中断してしまい、誠に申し訳ありません。

ツイッター、facebook、楽天ブログ、ウェブリブログを開設して以来、それらが軌道に乗るようにするのに手間がかかったのが一番の原因です。しかし、本公式サイトが、まさに私の「ホーム」ページですので、月2回更新のペースを守って、皆様に見捨てられないようにしますので、どうぞ月2回第2、第4週くらいは、当サイトを覗いて見て下さい。

と言いながら、早速期待を裏切るようなお知らせで恐縮なのですが、、、2月3日に首の骨の手術のために入院致します。2週間ほどですが、退院後も身体を大事にしながらリハビリしなければなりませんので、舞台のお仕事は2月いっぱいお休みさせて頂きます。

国立能楽堂公演「葵上 無明之祈」と式能「雪 雪踏之拍子」の地謡はお役を頂いていながら出勤かなわず、くやしくてなりません。

医師の指示に従ってリハビリに専念し、5月3日の弟子たちの発表会花瑶会(素謡、仕舞のほかに能や舞囃子も出ます)、5月20日の東京金剛会例会能「泰山府君」、そして12月2日の工藤寛20回記念能楽公演「天地人花の会~其ノ八『道成寺 古式』」に向けてしっかり舞台が勤められるように体調を整えたく思います。

重ねて、本年も宜しくお願い致します。




[平成28年7月19日記]

今月は、京都に本拠を置く金剛流としては珍しく、東京で一ヶ月に三つの公演。しかも、全て金剛流の特色を堪能できる小書付きの曲。

能楽協会東京支部主催「納涼能」で「小鍛治 白頭」(宗家金剛永謹)、横浜能楽堂開館20年記念企画公演の「杜若 増減之拍子」(金剛龍謹)、28日上演の国立能楽堂「竹生島 女体」(種田道一 廣田幸稔)。私はいずれも地謡のお役を頂いています。

「小鍛治」では、後シテの息も付かせぬ激しい型所を舞通す宗家の奮闘振りに感嘆しました。私は宗家のいつ如何なる舞台でも全力投球の姿を常日頃より尊敬の念をもって拝見していますが、御年65歳の「小鍛治 白頭」の熱演には誠、脱帽です。見所の方々も舞金剛の技の醍醐味を味わい堪能して下さったのではないでしょうか。

「杜若」は、その昔、豊臣秀吉より金春太夫が拝領し、風雪の変遷を経て金剛宗家の所蔵となった名品「雪の小面」使用。「雪」以外の曲で、この面を使用するのは、私は初見です。龍謹若宗家がシテ、宗家が地頭というのも珍しいかも知れません。そもそも家元は「舞う人」すなわち「太夫」であって、地謡座に座ること自体、滅多にないことなのです。

「竹生島 女体」…この小書(特殊演出)は、昔ツレを専門に勤める長命家に伝わっていた演出です。シテとツレが入れ替わります。シテとなった弁財天が、普通のツレとして演じる場合は長絹を着て天女の舞(太鼓入り中之舞のごく一部が変わる舞)を舞うのが、優美な舞衣を着て、楽というやや長くノリの良い舞を舞い、歌舞音曲の神である弁財天の遊舞の趣が増し、より華やかになります。勇壮快活なツレ龍神との対照が際立つわけです。

今月の私の出勤も、その「竹生島」を残すのみとなりました。8月には門下の花瑶会の皆さんの夏の勉強会「納涼うたい会」があります。毎年趣向を凝らして行います。今年は「仕舞地謡18番」(半歌仙)。「仕舞公開レッスン」は、昨年に続き実施。この催しは自由参加です。そろそろ参加者確定し、番組を作らなければ!




[平成28年7月3日記]

久し振りの「近況雑感」です。

11月末に発症した、主に脊柱管狭窄による足腰の痛みを伴う歩行困難の治療改善の通院等で多大な時間と労力を費やしてしまいました。今も治療は続いていますが、ひところは三院、4治療科のお世話になっていたのが、二院2治療科に減ったので、費やす労力も時間もだいぶ少なくなりました。

足腰の痛み、歩行も随分改善し、手術も回避される見通しで取り敢えずほっとしています。その間、筋力・体力が著しく低下してしまいましたので、その快復のために、ジムで、まずは水中ウォークで徐々に距離を伸ばすところから取り組んでいます。

昨日7/3は「謡サロン」。暑さのせいか、参加者は少なかったですが、壮年男性の新しいメンバーを加え、いつものようにストレッチ・発声練習から元気に始まりました。「田村 下歌、クセ」を終えて、「竹生島」「名所多き数々に…」の一節へ。曲ごとにお渡ししている解説資料画像をギャラリーに掲載してあります。

次回は8月7日(日)11:15~です。暑いでしょうがたくさんの方のご参加を期待しています。

花瑶会生徒さんの謡お稽古、時季にふさわしい「加茂」をと4冊、発行元専門書店に注文。ところが、在庫1冊しかなく、あとは1週間待たなければならないとのこと。以前は仕舞型付(一)が1冊も無かったり、今回と同じように同じ曲が数冊必要なのに、在庫足りずということが何度か。う~ん、需要がないから供給を抑えているのか、需要があり過ぎて供給が追いつかないのか?後者であれば嬉しいですが、現状はそうではなさそうで、憂えているところです。

謡、仕舞愛好者を増やすことは、舞台鑑賞者を増やすこととともに、能楽普及の大切な両輪だと、私は思っています。

「謡いサロン」も「仕舞鑑賞サロン」も、ブログやSNSによる発信も、それによって能に関心を持ち、やがては花瑶会にて本格的に謡・仕舞を嗜み、能鑑賞に足を運んで下さるようになることを願っているからです。そしてその前提としてテキスト(教本すなわち謡本や仕舞型付)の供給が不可欠なのは言うまでもありません。

江戸時代の昔から、能の有力な理解者や役者は、謡本の発行に力を注いで来ました。そのことに最も熱心で成果を上げたのが観世流であることは言うまでもありません。金剛流は、残念ながら、その点に於いて、熱心だったとは言えず、何と昭和初期の23世宗家金剛右京の時代まで、公の謡本刊行がなされなかったという経緯があります。

謡本が普及に不可欠であることを考えれば、その発行に力を注いだ観世流が流勢を伸ばし、金剛流の流勢が芳しくなかったのは当然と言えるでしょう。どんなに優れた芸風を誇っても、それを知らしむる努力がなければ発展しようがないからです。勿論、流勢の優劣を左右するのはそれだけではないでしょうが。

発行元と著作権者が手を携え謡本の安定供給を確保してほしいものです。私たち流儀師範にできるのは、愛好者を発掘、育成することだけです。

能は良いものだ、金剛流は良い芸風を持った流儀だという確信と自負があるからこそ思うことです。




[平成28年3月7日記]

 2月14日~17日、青森県弘前市、宮城県加美町、宮城県仙台市の小学校での普及公演(半能「絵馬」後見)を終え、21日は式能「翁」付き「竹生島」(地謡)。そして3月5日、新潟市民芸術文化会館りゅーとぴあ能楽堂にて、「さわってみよう能の世界 新潟公演」(半能「黒塚」シテ)。

 移動の多かったこの一ヶ月。層の薄い金剛流においては、出演の一人一人が、「協調」「持ち場に責任を持つ」等をより強く心に留めて舞台に臨んでいる事、その気持ちによって一回一回の舞台が支えられている事を改めて感じました。同時に、一日二日に公演が二つあると人数的に一杯一杯になる現状に、少しでも流儀の層を厚くする努力が必要なことも切実に感じました。

 東北、新潟では日頃なかなかゆっくり話す機会の無い京都の方々と、酒食を共にしながら話すことができましたし、その中で、啓発される事、数々ありました。ほかに、美味しい料理を求めて夜の弘前カクミ小路をさまよったり、体育館ステージ上のストーブを囲んで、弟子集めの心得を伺ったり、名人伝、舞台エピソードを開陳し合ったり、、、得がたい時間でしたね。話すことによって人はより理解と親しみを深められるし、そのことは、必ずや質の高い舞台作りにつながるでしょう。

 移動の多い一ヶ月で、自分の問題として足腰にはかなり負担がかかり、辛いところもありますが、19日の東京金剛会例会能に向けて、ボディケア万全にしたいものです。

 花瑶会会員は、4月10日の春の会仮番組を受け取り、一様に気を引き締めていることでしょう。実のある舞台を期待しています。




[平成28年2月1日記]
だいぶ怠けていて、久し振りの「近況雑感」となりました。花瑶会関連の催しを振り返ると、10月25日には、秋の会、好天に恵まれ無事終了。12月27日には拙宅にてささやかな忘年会、明けて1月16日には謡い初め新年会。これまでは西新宿でしたが、いつものお料理屋さんが全面改築による休業のため、中野で開催。今後当面中野で行うことになりそうです。謡い初めにて当会としては初めて「翁(神歌)」を出しました。それに向けて何人かの方が、初めてお稽古。今年の式能では、5年振りに当流の「翁」が上演されることもあり、新鮮さと意欲をもって、稽古に臨めたかと思います(いや、中には面食らい戸惑うばかりという方も~笑~)これから毎年謡います。新年懇親会では、恒例の、お年賀交換会。くじ引きで、私には高知の銘酒「土佐鶴」四合瓶。暮れには吉野のお酒、そして今回と、何故かお酒を持ち帰ることが続く…吉野の「猩々」は、忘年会で、社中の皆さんと頂き、「土佐鶴」は、昨日舞台から帰宅して初めて開け、常温で頂きましたが、なかなか美味しい。

そうこうしているうちに、春の会が目前に迫って来ました。番組作りに精を出さねば!

素謡は平物が多いですが、仕舞は、今までになく質量ともに挑戦しがいのある曲が多くなりそうです。

謡、仕舞ともに暮れから年明けののんびりムードから、再び会に向けて気を引き締めて!というところでしょうか。




[平成27年10月19日記]
昨日の「謡いサロン」は、珍しく参加者少なく5名。陽気も良し、行楽その他お出かけになった方が多いのかな。
「加茂(石川や…)」と「融」をおさらいして「敦盛(世の業は…)」。そして次回からの「紅葉狩(下紅葉…)」を録音しました。季節にふさわしく。

今週は20日(火)、22日(木)と、生徒さんの秋の会(25日)に向け最後の稽古があって、諸準備総仕上げ。京都の方は先週15日が最後でした。皆さん、謡、仕舞の発表演目の仕上げは勿論、着物・帯等の選択、袴を着用するか、扇はどうしようか、などなど色々と思い悩む事も多いことでしょう。それら全てをひっくるめて「楽しみ」に転化して頂ければ。

私は、前日24日(土)に今井清隆師の公演出勤で「阿漕」地謡。23日が、その申合せと、秋の会当日まで余裕なし。間隙を縫って、お弁当の数最終確認、手配、懇親会場と最後の確認、着付師さんとの最終確認。諸費用支払い準備。そして会場舞台さんとの最終確認…う~ん、やはり色々あります。生徒さんも私も、全て滞りなく準備整い、25日秋の会、「晴れ」の舞台が、お天気に恵まれ、実りあるものとなりますように。




[平成27年10月5日記]
9月30日、第18回能楽公演天地人花の会~其ノ六~終了。ご来場の皆様に深く感謝申し上げます。また、早速ご感想をお寄せ下さった方々、貴重な有難い言葉の数々、ありがとうございます。今後の研鑽への何よりの励みになります。来年の日程。私はここ数年、国立能楽堂の空いているところで行っているのですが、観世能楽堂、銀座への移転で閉館中の影響で、僅かな日時より空いてなく、当初10月27日(木)としたところが、29日に国立主催公演で当流宗家の「安宅」が予定されていることから、9月28日(水)に変更。11月19日には、東京金剛会例会で「葛城」を勤めさせて頂くので、間隔が空いて、むしろ良かったのかも知れません。曲は、胸の内では、これと思うものあるものの、一存では決められません。しかし、次回ホームページ更新の頃にはお知らせできるでしょう。

本当に一曲一曲の舞台が、貴重な勉強で、その過程と舞台本番の時空で得たものが自分の血となり肉となり 骨となるのだと感じます。頭で謡い舞うものではないので、「理解が深まる」「理解を深める」とかではなく、まさに「血・肉・骨を作る」作業が稽古。と、つくづく思います。それは数を尽くさねばできないことでもあります。そして、尽きることは、勿論、無い、わけです。




[平成27年9月21日記]
9月30日17:30からの第18回主催公演 天地人花の会「善知鳥」の舞台が目前に迫って来ました。今回から会員の方々に今までに増してのご協力ご支援をお願いし、お陰様にて正面A指定席が完売となりました。ほかはまだ空席がありますが、正面の中央がお客様で埋まるのは、とても嬉しいことです。チケットご購入の皆様、とりわけ花瑶会会員諸氏に深く御礼申し上げるものです。足りないのは、私自身の販売努力ということになりますので、次回19回そして20回記念としてご宗家よりお許し頂いている平成29年の(恐らく下半期になるかと思いますが)「道成寺 古式」上演に向けて、見所観客層の拡大に向けて更なる努力と工夫を致さねばと思っております。「善知鳥」のチケット、正面A席以外はまだありますので、お申込みお待ち致します。

9月の「日曜謡いサロン」には8名の方々の参加がありました。課題曲は「融」から「敦盛」の笛尽くしの詞章部分(「教室」の欄に画像掲載)に移りました。優雅な場面です。月1回でも、すぐにその日がやって来る感じがします。参加不参加は、毎回全くの自由ですが、気楽に楽しんで頂いている中にも、着実に謡えるようになっていらっしゃるのが分かり、頼もしく思います。まさに「継続は力」というところでしょうか。「小謡本」一冊済みましたら全体をおさらいして後、今度は一曲全てを謡う「素謡サロン」にしようかとの構想も描いています。新たな広がりが刺激となって、さらに意欲を増して頂けると嬉しいです。

一ヵ月後の10月25日(日)には、花瑶会秋の会があります。謡、仕舞それぞれ上演曲も決まり、皆さん熱心に取り組んでいらっしゃいます。マンネリにならないように、各自の曲目には、稽古順を大事にしながらも、常に新鮮な気持ちで臨んで頂ける様に、選曲の工夫配慮をしているつもりです。こちらの意図を汲み取って確実にステップアップして行ってほしいですね。




[平成27年9月7日記]
8月23日、30日は拙宅で「能楽絵草子=善知鳥=」。仕舞鑑賞の初回は、「羽衣 クセ」と「鉄輪」、二回目は「江口 クセ」を披露。
「善知鳥」も併せて鑑賞することにより、写実の型が多いいわゆる四番目物と、抽象の型が多い、 いわゆる三番目物との違いを感じてもらえればとの思いからです。
そして謡がいかに大切かということも………二回目の レクチャーは、公開稽古という形で、「善知鳥」後半の型所をご覧頂きました。地謡も、囃子の手も全て自分で謡いな がらあしらいながら試行錯誤で演じ、その過程で場面場面の表現の方向を探る…その姿の一端をお見せしました。 一曲を舞い通す気力体力も培う稽古を心がけるという事も感じて頂けたら幸い。
 終了後、お世話係ほか受講の数人の方と、ビール、日本酒を友に枝豆、ポテチー、ミックスナッツに葡萄のおつまみで 雑談会(笑)。老女物、薪能、地域文化、等々の話題に楽しく過ごしました。

 9月6日は、京都より松野師をお迎えして、東京金剛会宗家代稽古。12時30分から19時過ぎまで。能「頼政」 「善知鳥」「龍田」に仕舞3番。私は二日前から風邪気味でどうかと思いましたが、早めに医師の治療投薬を受けたのが 幸いしてか、辛さを感じることなく終えることができました。




[平成27年8月17日記]
9月は私主催の会の十日ほど前に東京金剛会9月例会(9月19日〈土〉)。私の出演は能「頼政」副後見。仕舞「駒之段」「江口 クセ」 「大江山」地謡。能「龍田」地謡。当流東京例会は年4回のみなので、久し振りの感が否めません。12日は私の若き男性生徒さんの結婚式!
帝国ホテル。めでたいことです。心から祝福。晴れやかな席への参列はこちらの心も浮き浮きします。「四海波」を謡わせて頂きます。
この日は国立能で、当流種田道一さんの「女郎花」があります。重なる時は重なるものです。
そして30日(水)が私の会「天地人花の会」。9月、10月と、これから急に忙しく心せわしくなります。




[平成27年8月3日記]
1日(土)は、月一恒例、京都より松野恭憲先生をお迎えしての東京金剛会稽古会。大変な猛暑。家を出た途端、息苦しさを覚えたほど。稽古が終われば浴衣どころか帯まで汗でぐっしょり。

2日は拙宅にて8月の「謡いサロン」。小謡「融」と過去の曲のおさらい。「融」は故人を弔う法事や葬儀でよく謡われるので、間もなくお盆を迎えるこの時期に選びました。東京は7月に盂蘭盆会を行うお寺さんが多く、我家の菩提寺も既に終わっていますが、地方は8月が多いようです。小謡を知っておくと、祝言、法事、宴会、記念の祝い事等、中身に応じた様々な場で披露できるので、そんな事もお話しながら稽古します。多くはいたって短いので、覚えておくと謡う楽しみが増します。この日はさすがの暑さに出足をくじかれたか、参加者はいつもの半分の6名。皆さん汗を拭き拭き稽古場に。それでも始まれば元気に呼吸、ストレッチ、発声練習そしておさらいに「四海波」「桜川」、7、8、9月の課題曲「融」に取り組みました。

来たる8日は当会有志による夏の勉強会、納涼サシクセ独吟の会。番組は既に各参加者に郵送。今年の新企画は難クセの「歌占」「花筐」のグループ公開稽古。こちらも稽古で汗だくになりそう。熱中症になる方が出ないように、ほどほどにせねば…。ほかに「雪」の素謡、いつもの各自希望曲の独吟、仕舞公開稽古「清経 キリ」「玉之段」も大いに楽しみです。会の様子、懇親会の様子は次回更新時にこの欄でお知らせできるでしょう。(当ホームページは、原則毎月第1月曜第3月曜の辺りに更新することにしています)

なお、一ヶ月ほど前から、苦労の末「Twitter」に参入。まだ仕組みも良く分からず、こわごわ「7」ツイートしたのみ。良ければ覗いて見て下さい。@8325kanです。




[平成27年7月6日記]
人はそれぞれ個性があるものです。身体自体の体格、体形、動き方、、、声自体の声量、調子、声の色、、、こういう物理的な事柄のほかにも、リズム感、音感、聴覚視覚といった感覚感性。加えて色々な得手不得手。そして性格まで加えれば実に多種多様な個性に彩られて、人は動き、言葉を発し、感じ、すなわち生活しています。私が思うに、能はそれらのうちの「努力によって何とかできるある部分」を「癖」の一言で片付け否定してしまう恐ろしいものと言えなくもありません。何の為に???面、装束に身をまとって演技する、その演技にふさわしい動き(すなわち舞)と声(すなわち謡)になるようにです。面、装束に身をまとって演技するとは、窮極、 象徴的抽象的な演技ということです。

師からよく言われたことは、仕舞を舞うのに、この曲はどのような面をかけ、どのような装束を身に着けて舞うのかイメージせよ、ということです。それは謡を謡うときでも同じです。それができるためには、時に自分を捨てなければならなくなる、すなわち、個性と思われているある部分を削り落とすことを要求されるわけです。こんなことを書いてしまうと、個性尊重の今の時代、生徒さんが集まらなくなってしまうので、しまった、と思いますが(笑)優しく簡単に言えば、自分の悪しき「癖」をできる限り取り除くように心がけるということでしょうか。そして、それは、能の具えた素晴らしい美を表現するため、と言えば、さほど恐ろしいことでもないと安心して頂けるでしょう。

私も自分自身忌み嫌う多くの「癖」を抱えています。私の舞台をご覧になった見所の方の中には、既に気が付いていらっしゃる方も多いかも知れません。私自身、そのやっかいな「癖」を無くす為に日々努力を重ねています。生徒さんの稽古というのも、実はその方の「癖」の指摘であることも多いのです。それが無くなれば、もっと良い謡になる、もっと美しい舞になる、そう思って稽古しています。

自分の「癖」を指摘されるのは嫌かも知れませんが、全ては能らしい美しい謡と舞のためと思って、素直に受け留めて頂けると嬉しいです。




[平成27年6月15日記]
夏恒例の「納涼サシクセ独吟の会」、今年は8月8日(土)2:30~です。毎年少しずつ趣向を加えて、通常の春秋の会にはない楽しい中身を目指しています。昨年初めて行った「仕舞公開レッスン」は今年も行います。今回初の試み…「難曲に挑戦」というテーマのもと、主にクセの長編ものや節扱い、間の難しいもの、緩急の難しいもの、例えば「歌占 クセ」「山姥 クセ」「花筐 クセ」等を課題曲にしようかと考え ています。あとは例年の通り、各自の希望曲独吟です。

もう日も迫っているので、実施要綱を発表し、そのための稽古も交えて準備をせねば。後席の会場も決めねば……また試食下見の夜遊び?(笑)いえいえ、夏の会は自宅近辺で、もう知り尽くしています。決断するだけ(再び笑)




[平成27年5月18日記]
16日(土)東京金剛会5月例会能開催。研修能「紅葉狩」地頭、「忠度」地謡、「杜若 日陰之糸 増減拍子」地謡を勤めさせて頂きました。

「紅葉狩」は平維茂一行の役者の顔触れの豪華なこと。能楽界の次代を担う下掛宝生流のワキ方が勢揃い。あれでは信濃戸隠山の鬼女どもも叶わないのは道理です(笑)そして、彼らの師である「杜若」の宝生閑先生勤める旅僧。おワキにあんな優美に謡われては、私がシテだったら、対するにどう謡おうかと困ってしまうでしょう。杜若の精と歌舞の菩薩の化現である在原業平とを二重写しにしたようなシテである故、ただでさえ難しいのに…。ご病気から快復されて間もなくからずっと、ハードな数々の舞台をお勤めになられて敬服の極み。

地謡は、三曲とも自ら反省するところ数々あり、今後の糧とせねばと思いました。

「紅葉狩」は多くの人手を要する能であるのにもかかわらず、そのことを十分に考慮しないがためのアクシデントがありました。主催者である同人全てが、舞台運営に、細部にわたる配慮と集中力を発揮しなければならないと思った次第です。




[平成27年4月13日記]
この10日間。4日(土)は朝早く行き付けの久我山整形外科ペインクリニックへ。
ビタミン注射と腰へのブロック注射。院長の佐々木政幸先生(写真、「ギャラリー」「発表会その他」参照)は慶應大学出身で、私よりずっとお若いが、よく話を(能の話も)聞いて下さる。患者の症状によっては、漢方、鍼等多様な施術治療の提供も。
現に私はこちらで隔週で鍼治療もして頂いている。そして、院長先生は勿論、スタッフの皆さんが、いつも優しく温かく迎えて下さる。痛みを抱えた者には何よりの治療だ。
そして佐々木先生は注射が大変お上手である。ポイントにピタリ、ズキーンと来るが、その後は腰を中心にじんわりと身体全体に効いて来るのが分かる。
15分ほどベッドに横たわっているのだが、この時間は、私にとって心底安らぎに満ちた貴重な時間だ(笑)

5日(日)渋谷セルリアンタワーホテル能楽堂定期公演「金剛流」。「富士山」の副後見。宗家の「雪」はお役がないので、楽屋のモニターで拝見。金剛流のみにある曲。小品ながらしっとりとした情緒に味わいがある。度々上演されるのも頷ける。「雪踏之拍子」の小書(特殊演出…この曲の場合、この演出が殆どであるが)で序之舞が盤渉(笛の調子が極めて高くなる)になるのが更に清澄感を深める。
帰りはちょうどラッシュ時に重なり、電車の混雑がいやなので、渋谷駅ロータリーからバスで中野へ。ずっと座れるのは有難い。NHK西、初台、笹塚、南台等普段見慣れない街中の様子が新鮮。

翌6日もなんと渋谷。しかも同じセルリアンタワーホテル裏の大和田文化伝承ホールにて夜の観劇。知人の女優兼歌手兼ダンサーの雪乃さづきさんが、「愛の門」なる音楽劇で松井須磨子をモデルとする松井スマホなる人物を演じるというので…2時間半を越す力作。この日もバスにて帰宅。

7日8日は、当花瑶会生徒さんたちの定例稽古。春の会も近いので、皆さんいつも以上に熱心に稽古に励む。やはりおさらい会があるのが良い。目標があることにより、確実に上達する。上達すれば楽しさも増す、というものです。

11日(土)は主に子供の稽古。大きな声を出すこと。そのためには息使いが大切なこと。カマエとハコビの大切なこと。そのためにはおへそに力を入れること。などは、子供なりに(身体で)納得させたい。

12日(日)は、生徒さんのお世話で、墨田区の浄土真宗のお寺さんの花祭り法要(写真:ギャラリー「発表会その他」参照)に、能のお話と仕舞の奉納に伺う。能は、仏教、ことに浄土信仰とのつながりが極めて深い。そもそも「南無阿弥陀仏」の念仏。能の謡に何度も出て来る。「隅田川」は、その最たるもので、「隅田川」は念仏でできた能とさえ言える。そしてこの日伺ったお寺さんのすぐ近くに「隅田川」にゆかりの深いお寺がある。「誓願寺」はこの六字の称名が展開に大きな役割を果たす。
しかし、お見せするのに「隅田川」では余りに直接的に過ぎ、舞の場面が道行(狂い)しかないし、「誓願寺」は余りに遠すぎるので、身近に考え理解納得して頂けそうな「清経」のクセ後半と、花にちなんだ「桜川 網之段」「田村」の前のクセ後半を謡って舞わせて頂いた。本堂、ご本尊の前に、狭いながら立派な板敷きの所作台(ミニ舞台)まで設けて頂いて恐縮感激。何よりも参列の皆さんの熱心な眼差しに感激した貴重な時間でした。
舞台で観る能ではなくても、こんなふうに小さな身近な場で、能の謡や舞が、草の根のように、水が染み込むように、少しずつでも人々に再認識されて親しみを覚えて頂けるようになったら良いと思う。




[平成27年4月1日記]
3月26日(木)朝9時の「のぞみ」で京都へ稽古。生徒さん宅で正午から17時まで、途中1回休憩を取り、謡も仕舞も個人稽古です。なにぶん月1回のお稽古なので、最先端録画録音機器を活用しながら、熱心この上ないお稽古です。必死と言っても良いほど!!その甲斐あって、皆さんとてもよく覚えてくれます。限られた条件の中で、ということがむしろプラスに働いているのでしょうか。そう言えば、私なども、忙しくて時間が無い時ほど、良く稽古したような覚えがあります。必死になると集中するので、覚えるのにも効果が上がるということでしょうか。ハンディをハンディに感じさせない生徒さんたちに惜しみない賛辞を。

3月28日(土)は子供の稽古。迎える言葉は「よく来たね」。気が乗らないことだってあるでしょう。疲れていることだってあるでしょう。眠いことだってあるでしょう。なにぶん最近の子供は皆忙しいのです。しかも、皆遠くから。本当に「よく来たね」です。付添いの保護者の方もご苦労様です。子供たちの一人ひとりが能の将来に光をもたらすことを期待して。

3月29日は、月1の謡いサロン。今月は11名参加。素晴らしい。初参加の方も1名。「熊野」の「四条五条の橋の上…」。まさにこの時期にぴったりの小謡。季節感を素晴らしい詞章で味わえる…それは謡の良さの一つ。メンバーも少しずつ少しずつ増え、謡の声も段々大きく、伸び伸びとなって来て…ストレッチは自宅でも実践して下さい。4月は下半身のストレッチも紹介したいですね。「身体がほぐれると自然に心もほぐれる(心療内科海原純子医師の言)」「心がほぐれれば大きな声が出る(私…笑)」小謡本が終わったら、短い曲1冊全体に進みます。この分なら遠くない将来です。やはり全体を知らなければ。

3月30日夕方、春の会の懇親会場の下見試食のために、一人でJR「G」駅へ。夜遊び、飲食の良い口実(笑)。駅ビル内の海鮮居酒屋に決定。一日謡い舞い観て舞台を楽しんで、疲れて、飲んで食べたなら、帰りはすぐ電車に乗れる方が良いでしょう。

そして31日、今日と花瑶会定例稽古。春の会を間近に控えてお休みが続く方、心配になります。仕事をお持ちの方は年度末年度始めのこの時期は大変そうです。しかし、頑張ってほしいですね。集中力。集中力。

春の会が、どなたにとっても実りあるものになりますよう。今回残念ながら参加できない方、秋の会の参加を期待しています。




[平成27年3月8日記]
IT音痴の私が、ブログを始めようとfacebookに挑戦。登録までは漕ぎつけたものの、その先へ進めず、あえなくギブアップ。色々調べて簡易なものをと、今度は楽天ブログに挑戦。登録が済み、日記の作成も済み、見ると、さて色々なスペースがあるので、その作成、画像掲載に挑むも、またまた壁に突き当たり、先へ進めない。これもほったらかし、ツイッターへ移動。我ながらその無能振りに呆れ果てます。当然ながらこちらも悪戦苦闘。結局、この際多少まともにお付き合いして貰えそうな気配の楽天ブログと心中しようと舞い戻りました(笑って下さい。本当に駄目なのですPC関連)まだまだ未完成ながら、「シテ方金剛流能楽師 工藤 寛ブログ『伝ふる花』」というブログ名で公開していますので、たまには覗いて見て下さい。コメント頂けたら大喜びです。nさんが私の悪戦苦闘振りに同情なさったか、早速記念すべき第1号のコメントを寄せて下さいました。大いに力づけられた所です。ネットではアドレスを入れなくても「工藤寛ブログ」で簡単に検索できます。

なお、挫折したfacebookは登録削除しましたが、完全に削除されるまでは2週間かかるとのことで、現在ネット上を漂流しております(苦笑)。ツイッターはやり方が分からないので削除できず(本当に情けない)、これは下手をすると永遠にネット上を漂流することになるやも知れません。楽天ブログには、facebookやツイッターと交信?する機能があるらしいので、楽天ブログに慣れましたら挑戦しようと思います。乞うご期待。

今後、主に能に関し公めいた事柄はこのホームページに、能以外の事も含めた私めいた事柄はブログにと、使い分けた方が良いかなと考えたのと、多くの方と気楽に交流し、その過程で隠れた能のファン層を開拓したりするのには、ブログもあると良いかな?と考えたからです。

このホームページを閲覧して下さる方々と相互に活用できれば嬉しいです。




[平成27年2月27日記]
先週日曜日、2月の謡いサロンを開催。参加7人。曲は「鉢木」(画像「教室」『謡いサロン』のページ参照)。佐野常世が旅の僧(実は北条時頼入道)に暖をとってもらうため、秘蔵の植木の「梅」「桜」に続いて「松」を伐る場面。その心意気を武士道の鑑として人気もありますが、そのような意味合を持たせなくても十分魅力的。他人のために自分の大切にしているものを惜し気も無く提供することは武士道でなくとも人間の善意の現われとして気持ちが暖まります。しかも自分自身が不遇な身にありながらの行為なので、一層その献身的な行為に心打たれます。小謡部分に限らず、能の謡には、随所に自分の身に置き換えて謡い味わうと、身につまされる内容であることがたくさんあります。それを感じ取り、その気持ちを込めて謡うことを心がけていけば、どんどん楽しくなるはずです。節の謡い方ばかり追っていては、謡いの楽しさは味わえるようにならないでしょう。謡の詞章や節付けに込められた作者の思いを感じ取り、自分の思いを重ねるような表現を大切にしたいものです。指導者は範吟によってそれを示しているのですが、上げ下げしか聞いていない方も多いように見えるのは誠に残念です。

例により謡う前に、上半身の簡単なストレッチと発声練習。身も心もほぐれると声もよく出せます。子供や一般の方対象のワークショップなどで、講師がいきなり「さあ、大きな声で一緒に謡ってみましょう」という光景をたま~に見かけたりしますが、それは無理というものでしょう。

火曜日には、稽古の合間に、壊れたスマホの交換に阿佐ヶ谷ドコモショップへ。落っことして修理、直ったものをまた落っことして、ついに新品交換(¥3500で新品交換して貰えるので大助かり)。その度に貸出機の使い方に四苦八苦したり、初期設定やらデータ移行やらでスマホに振り回される日々。

ほっと一息つきにショップ近くの星乃珈琲店(画像「ギャラリー」『発表会その他』参照)へ。
ここのカフェラテは美味しい。スマホによるイライラも解消(笑)。




[平成27年2月15日記]
今日は恒例の能楽協会主催「式能」。年1回シテ方五流、狂言方二流、ワキ方囃子方諸流も総出演の催し。翁付き五番立てを各流順繰りに上演する。今年の金剛流は三番目(鬘物…神、男、女、狂、鬼…の「女」)で、廣田幸稔さんの「吉野静」。50分。二部制とは言え長時間にわたる公演なので、短めの曲が中心になるのはやむを得ないところか。私は副後見。主後見は廣田泰能さん。私は「吉野静」の舞台は初めて。しかし、京都では近年でも何度か上演されているとの事。一場もの(金春流、喜多流は二場ものらしい。楽屋で伺った。これも他流の方と対面する式能ならでは)。シテ静はその登場から緋の大口に紫の長絹、静烏帽子という舞姿で登場する。これは珍しい。面はもちろん「孫次郎」。とても良い面でした。見所は満員。

後見は、おシテに寄り添い、面装束を間近にし、手に触れ、おシテの身体に着付ける。副はお手伝いなわけだけれど、その場で得るものは大きい。なにぶん舞台を前にしたおシテの様子をつぶさに目にするわけですから。何気ないおシテ、また主後見のつぶやきや話から、面や曲そのもの、装束、舞台進行等について貴重な事柄を伺うことも多い。稽古では得られない、舞台に臨む空気、姿勢なども。

薄暗い幕内でのお調べの前後の、三役の、出を前にした緊張感、おシテの鏡の前での姿、出の瞬間の緊張感も、つい自分をおシテになぞらえて、まさに自分が幕を放れる気分になり、後見ならではの得がたい時間である。初めの一足をこのおシテはどのように踏み出すのか、私は緊張しながら見つめている。

帰宅して、夜、NHK、Eテレを見ると、ドイツの管弦楽団によるブラームス「交響曲1番ハ短調」。ブラームスはいい。バッハほどではないけれど。バッハ、ベートーベンが最高で、陽水は日本歌謡曲史上最高のシンガーソングライターだと信じている。大塚愛の「プラネタリウム」も(勿論歌えやしないけれど《笑》)素晴らしい歌だと思う。

…このまま続けると、話があちこち飛んで終わらなくなりそうなので、今夜はこれで終わりにしよう。




[平成27年2月6日記]
誠に久しぶりです。昨年は5月の野外奉納舞台で足裏に火傷。足をつくのもやっとの中で仕事や遊び、、、色々勤め?ました。痛みを感じなくなり、傷も消えたのは10月も末になろうかという頃。いやはや散々な目に遭いました。今年は、年明け早々風邪をひき、治ったと思ったらぶり返しを二度繰り返しこの二三日どうやら完治したのかなという感じです。健康の大切さ、今更ながらつくづく思い知った次第です。足の火傷の時以来、自分の身体を60年に渡りまさに「支えて」来てくれた両足への思いを深くしました。この僅かな面積の足が、長年に渡り私の全体重を支えて来てくれている、、、と、しげしげ眺めることしばしばでした。両足ばかりではなく自分の身体への労わりの気持ちが芽生えたと言うと大げさでしょうか。ふだん目にしない背中、後頭部、身体内部のあらゆる器官?に。

1月2日、恒例の阿佐ヶ谷神明宮の迎春奉納能は、今年も天気に恵まれ、半能「淡路」を上演。14年続いています。主催者の神明宮、出演者各位、寒い中観覧して下さる皆さんに感謝の気持ちを新たにしました。「淡路」は5月の火傷をした時に勤めた曲。厄払いの気持ちもあって(苦笑)この曲にしました。この度は何事もなく無事舞い終えることができました。よく冷えた舞台で(笑)幕に帰ってから、霜焼け状態でしょうか、足がひりひりしましたが…

国土草創の物語は新年を迎えるのに最適。この曲の半能部分の詞章、節付け、リズムは雄渾さを感じさせ、私は好きです。「高砂」も良いですが私は「淡路」の方が好きです。

その日のうちに、宗家舞台での謡い初め式出勤のため、京都へ。夜が更けるとともに降雪甚だしく、翌朝は京の街中雪景色。学生時代京都で過ごしましたが、こんな雪景色の京都は見たことがありません。平安神宮初詣に向かうタクシーの運転手さんも、街中にこんなに雪が積もるのは50年振りくらいでは?と驚きを隠しません。朝9時、雪の平安神宮はツアーバスで乗り付けた20人くらいの中国人観光客のほかに人影はなく一面の雪景色。運良くタクシーを拾って一旦ホテルに戻って着替えてから能楽堂へ。八坂神社での「翁」奉納を終えた若先生が羽織袴に和装コートの帰宅姿のまま、楽屋玄関の雪かきをしていらしたので、お手伝い。すぐに足袋がびしょびしょになってしまったので、途中で失礼。

帰京し、いよいよ新年のスタートと思って間もなく風邪をひいてしまったので、出鼻をくじかれた感じですが、これから態勢を立て直し、体重を減らし(風邪をひいたのになぜか食欲が減ずることなく、体重が増加…苦笑)、舞台に向けて体調体力気力回復させねば。

「時、人を待たず」




[平成26年9月 5日記]
今日は都内のある中学の音楽科の授業のゲストティーチャーに招かれ、「謡」の音階のしくみや発声の仕方、仕舞実演披露をして来ました。小学校の授業に招かれた事は度々ありますが、中学は初めて。
いや、秋田県から東京に修学旅行に来た中3生対象に鑑賞教室をさせて頂いた事はありました。
受験を間近に控えた中学3年生。どんな感じなのだろう、真剣に受講してくれるだろうかと思いながら出かけました。
しかし、案ずるより産むが易し。音楽科の先生の事前指導が宜しかった為もあるのでしょうが、二クラスとも、生徒たちは男子も女子も、とてもおっとり素直で真剣で、かわいい。見慣れないゲストなので、素が出なかったのかも知れませんが、仮にそうだとしても、50分間、概ねしっかりこちらを見て聞いて声を出してくれた事は素直に嬉しい。
レクチャーでもこんなに真面目に聴講してくれる中学生。この子たちに、能をライブで鑑賞してもらえたらどんなに良いかと思った事でした。
国は、子供たちが自国の伝統文化に触れる機会を確保するべく予算をしっかり組むべき、と強く思います。
秋田県から修学旅行で来た中学校の時は、学校に予算が無い為、趣旨や意義を保護者に説いて、保護者の支出を得てやっと実現したものでした。
東京と違って、地方は、能や狂言に触れる機会が全くと言ってよいほど無く、せめて修学旅行で東京に来た機会に是非観せてあげたいという教頭先生の熱意によりやっと実現したささやかな鑑賞会でした。
日本の青少年文化行政の貧しさ。6月にフィンランド、ラトビアを訪問した際にもつくづく感じた事です。




[平成26年8月29日記]
記録的な大雨による土砂災害水害が各地であいついでいる。多くの方が家族を亡くし、大切な人を失い、住む所を失い、大切にしていた物を失い、悲しみに暮れ途方に暮れている。
繰り返される天災、人災による悲劇。日常に在ってさえ、悲しみ苦しみは絶えることがないのに、追い討ちをかけるように、天災人災に見舞われる人間。
いや、そのような境遇に遭うのは、実は生きとし生ける全てのものたちだ。父を亡くし、愛犬を亡くし、母を亡くしたときに、大きく深い悲しみを味わった。

人の中には、悲しみは時の流れとともに癒され薄れてゆく、と言う人もいるが、私の実感はそうではない。一見そのように見えても、心の奥深くに残る澱(おり)のようになって、それは決して消えない、と感じている。その澱は、時にはより色濃く時にはより大きく、時にはより固くなって、時に心の表面に浮かみ出で、思い出とともにじんわりと涙を誘うことも度々だ。

荼毘に付す前の、父、愛犬、母の横たわる亡骸と過ごしたこの家。その亡骸を送り出したこの家。生前の楽しかった思い出も勿論あるが、心の奥底に凝りのように残る澱のような悲しみを感じることの方が多い。

受験浪人の頃に読んで大きな影響を受けた仏教の本で、著者は能に触れ、その素晴らしさを記述していたが、中で忘れられないのは、「能は悲しみの共感の芸術だ」という表現だ。
「能がこれだけ長い間、日本人に親しまれ愛されて来たのは、それ故である」とも書いてあった。「演じる者と、見る者が、また見る者同士が、能を通して、避けて通れない悲しみを目の当たりにし、共感し、涙を流す。
他者の悲しみに涙を流す…日本人は、そのようにして能を愛して来たのであり、その深い精神性こそが、能の真髄だ…」というようなことが書いてあったように思う。
最近、理屈ではなく、実感として、そのことが少~し得心できるようになってきたのかな、と思う今日この頃の私である。

ところが、この頃は世の中全体として「悲しみの共感」が失われて来つつある様に思う。特に政治家、行政者と言われる人たち。彼らの多くは、根本的な心の在り様が、崩れているのではないかと思えて仕方が無い様を目の当たりにすることが少なくないのはなぜだろう。一言で言えば、あの「傲慢さ」…あれは、一体どこから来るのだろう。




[平成26年1月26日記]
暮れから正月にかけての「阿佐ヶ谷神明宮『奉納迎春能』京都金剛能楽堂にての『謡い初め式』その他一連の催し出勤、飲み会が、18日の当花瑶会『謡い初め新年会』をもって一段落しました。

暮れは毎年ヘンデル「メサイア」、バッハ「マタイ受難曲」を聴いて過ごします。大学がミッションスクール同志社で、クリスマスには毎年、大学の伝統行事として「メサイア演奏会」があったにも関わらず、聴きに行った事が無かったのを4回生の時友人に強く誘われて聴き、深い感動を受けたのがきっかけ。

バッハは中学時代から好きで、「マタイ」は高校時代に初めて聴き、これも深い感動を受け、暮れにはこの二曲を聴くのが、大学を卒業してからの私の恒例行事になりました。

京都金剛能楽堂での「謡い初め式」には5年ぶりの出勤。「神歌」。良いものです。そしてその日、京都在住の方お二人のお稽古に2月より月1回上洛することになりました。能楽堂より徒歩5分のお一方のご自宅座敷でのお稽古です。嬉しい事です。